2015-05-13 第189回国会 衆議院 文部科学委員会 第8号
○久保政府参考人 釜石市は、北の鉄人と呼ばれた新日鉄釜石という伝説のチームの誇りやレガシーを受け継いだ地域でもございます。今回、釜石市が開催都市として選ばれた理由の一つとして、釜石市市民の熱い思いがあったと聞いております。 釜石市で大会を開催しますことは、東日本大震災からの復興のシンボルとなり、被災地の方々を勇気づけ、地域の活性化を促進するなど、復興を加速することにもつながります。
○久保政府参考人 釜石市は、北の鉄人と呼ばれた新日鉄釜石という伝説のチームの誇りやレガシーを受け継いだ地域でもございます。今回、釜石市が開催都市として選ばれた理由の一つとして、釜石市市民の熱い思いがあったと聞いております。 釜石市で大会を開催しますことは、東日本大震災からの復興のシンボルとなり、被災地の方々を勇気づけ、地域の活性化を促進するなど、復興を加速することにもつながります。
震災のときに、ちょうど今回ワールドカップの競技場をつくるという場所が、釜石の奇跡と言われた、小学校、中学校の子供たちが高台まで率先して逃げて、そして、お年寄りとかも助けながら命を守った、そういう場所でもありますし、また、ラグビーファンにはおなじみのとおり、新日鉄釜石があの厳しい練習環境の中で日本選手権七連覇をなし遂げた、そういう奇跡があった地でもあります。
○安倍内閣総理大臣 釜石市は、昭和五十年代に、当時の新日鉄釜石が七連覇を遂げた、まさにラグビーの聖地と言っていいと思いますし、当時の新日鉄釜石のチームも地元出身の人たちが大変多いチームであった、このように記憶をしております。 今回、ワールドカップの会場に選ばれたことは、地元の方々の熱い思いのたまものではないかと思います。
新日鉄釜石の七連覇が鮮明な記憶として残っている方は多いと思います。その釜石市が、復興のシンボルとして、ラグビーワールドカップの会場に名乗りを上げています。ラグビーを中心に東北復興を目指すNPO、スクラム釜石も、往年の名選手の松尾雄治さんを中心に立ち上がっています。
なおかつ、釜石市の例を取りますと、釜石市長、会うたびに言われますが、釜石で防波堤があったからここまでで止まりましたと、被害がここまでで食い止めることができましたと、なかったら、まあ地名で言うと甲子という地域になりますけれども、新日鉄釜石があったところからずっと上の方です、その上まで被害が及んでいたであろうと、そうビデオを眺めながら何度も言われました。
皆様御案内のとおり、岩手には新日鉄釜石が以前大活躍しました。釜石シーウェイブスという今クラブが大活躍しておりますが、鉄と魚とラグビーの町だといって町を盛り上げています。
おっしゃるとおり、東北地方の中でも新日鉄釜石というところは非常にラグビーでも有名な選手を輩出しておりまして、また裾野も大変広いと聞いております。
あるいは、先日、十七日に、オーストラリアの大使館に私もお呼ばれいただいたんですが、オーストラリアから釜石シーウェイブス、これはラグビー、昔の新日鉄釜石ですが、そこの選手が、外国から来たかなりの皆さん方が自国に戻られたんですが、戻らずに、信念を通して、そして地域の活動をしっかりやった。それを、オーストラリア大使館としてこの二人を表彰した。こんなこともありました。
また、我が国近代製鉄発祥の地であり、現在も世界の特殊鋼線材のトップメーカーである新日鉄釜石製鉄所が立地しております。豊かな自然に恵まれた三陸漁場の中心港であり、鉄と魚と観光の町として栄えてきたところでございます。
被災地の一つに釜石という、新日鉄釜石のラグビー部というのが、昔、非常に強い、日本選手権七連覇したチームが地元の誇りとしてあります。そのラグビーでは、ワン・フォー・オール、オール・フォー・ワンという言葉があります。被災地は日本のために、日本は被災地のために、これをみんなでぜひともなし遂げていきたいなと思っております。そのことを申し上げまして、質問を終わらせていただきます。 ありがとうございました。
これは同じ鉄鋼ですが、新日鉄釜石では同様に、五十二歳で転籍を強要するとか、新日鉄八幡の方では、既に平成七年から五十七歳転籍という形で事実上の五十七歳定年制がしかれているわけです。 こういうことで、私は、改めてこの点で、こうした事実上の高年法に抵触するような行為が全国の多くの職場でやられている、そのことについて、解雇規制法をつくる前にこういう実態をぜひ調査していただきたい。
また、鉄鋼業、新日鉄釜石製鉄の御指摘がございました。それぞれの地域におきまして鉄鋼業が重厚長大、鉄は国家なりとかつて言われた。今、鉄は国家とは思いません。軽薄短小という、価値観が大きく変わりました。
良行君 渡部 恒三君 宮下 創平君 丹羽 兵助君 粟山 明君 宮澤 喜一君 同日 辞任 補欠選任 染谷 誠君 石渡 照久君 丹羽 兵助君 宮下 創平君 橋本龍太郎君 中山 太郎君 宮澤 喜一君 粟山 明君 渡部 恒三君 穂積 良行君 ───────────── 十二月二十日 新日鉄釜石製鉄所
海洋バイオは、新日鉄釜石と東亜燃料清水の遊休施設を利用するものであります。 さらに、膨大な国費をつぎ込むこの施設は、アメリカの内需拡大要求にこたえるために計画されたものであり、関係業界の中にも、採算性ばかりでなく、最先端技術の施設それ自体の維持管理について危ぶむ声も出ているものであります。 以上、主な問題点を指摘して反対討論を終わります。
岩手県の釜石市では、二月の五日に新日鉄釜石製鉄所の残された最後の高炉の休止を来年三月に行うということを会社が労働組合に示しまして、地元市民に深刻な衝撃を与えております。今日、既に製鉄所の大幅な規模縮小によりまして市民生活や商店の営業に深刻な影響を与え、雇用状況もひどくなっております。このまま最後の高炉の火が消されれば、人口六万の市民は四万人に減少し、町は疲弊してしまうだろうと言われております。
例えば、先生の選挙区から外れるのかな、あの新日鉄釜石が高炉がとめられるとか、いろいろな状況が起こってきますと、全体としての産業の雰囲気は決して明るいものではない。しかし、例えば奥さん方の家計支出を見てみると、物価は安定しておって、むしろ電力料金等は下がってきておる、気がついたら案外楽な消費内容であったなということになっておるわけですね。
また、公共事業の推進によって物価問題が懸念されるため、その防止に努め、前倒し一辺倒から時期と地域の選定に配意し、学校、病院など波及効果の高い事業に比重をかけてほしい旨の意見が述べられ、次に、浜川公述人から釜石地区について昨年八月以降日鉄鉱業釜石鉱業所の閉山、新日鉄釜石製鉄所の合理化計画が相次いで打ち出され、市民に大きな衝撃を与えた。
エネルギー庁の長官もお見えですので、後でお伺いをしたいと思いますけれども、この新日鉄釜石の合理化の問題については、どうも企業の論理だけでは済まない面が、特に地域経済に対する影響が非常に大きいだけにあるだろうと思うのです。どのようにこの対策をお考えになっていらっしゃるか、これもひとつ様子を見ておこうということなのか、お伺いをしたいと思います。
新日鉄が、確かに長官が言われましたように、国際的には非常にコストの高い、約五割増も高いものを、いままでは日鉄鉱業釜石鉱山と新日鉄釜石製鉄所という関係で、好意といいますか引き取っておった面はあるだろうと思うんですけれども、これが新日鉄の合理化が進んでまいりますと、先ほども言いましたように、高炉まで仮にとめるということになってまいりますと行き先はないわけですから、それを見越して今度の釜石鉱山の閉山計画というものは
そういう点で、私はここでは一つの問題提起として考え方をお伺いしたいのですが、たとえば新日鉄の釜石製鉄所、これは鉄鋼産業も見方によっては構造不況業種という見方も出てきますが、私は本質的には、何も石油ショックから経営が悪くなったというよりも、設備の過当競争が今日の事態を招いた唯一の最も大きな要因だという見方に立っているわけですから、そういう観点で考えますと、新日鉄釜石製鉄所の場合は、百年以上の歴史を持って
そういう中に、今度は新日鉄釜石製鉄所の合理化問題が、市民の間で非常に話になっている。組合の調べでは、釜石鉱業所と製鉄所の合理化を含めると、推定離職者数は二千百四十三人に上る。家族が四千七百十五人ですから、合計しまして六千八百五十八人。
○細野政府委員 新日鉄釜石の問題につきましては、地元からも私どもの方にお話がございましたし、会社からも私ども事情を伺っているわけでございますが、その内容はほぼいま先生がおっしゃいましたとおりでございまして、結局、全社的に操業率が低下しているので、需要構造の変化に対応して体質改善を図る必要がある、そういう認識は会社側も持っているわけでございまして、そういう意味の全社的な検討を行っておるのでございますが
それはなぜかというと、隣の新日鉄釜石製鉄の炉が食う原料は、アメリカから買ってくる方が四千円、隣の鉱山で掘った方が六千円、したがって二千円安いから、向こうから買ってくるのでおまえの鉱石は要らないという通告で、それが伝わって、労働者の首切り六百人ということになろうとした。
この釜石市が、いま新日鉄釜石製鉄所の縮小合理化と日鉄釜石鉱業所の閉山というダブルパンチによって、関連産業の労働者とその家族六千八百五十八人、総人口の一割強が生活を奪われ、そして、そのために地域の消費購買力の大幅な低下、地方自治体の税収の激減など、社会不安を巻き起こしております。
○政府委員(中西正雄君) 在籍中に死亡した者について申し上げますと、新日鉄釜石では肺がんで十一名、その他のがんで四十五名、合計で五十六名でございます。それから同じく新日鉄広畑では肺がんで四名、その他のがんで七十五名、合計七十九名。新日鉄名古屋が、その他のがんで一名。それから日本鋼管全体で肺がんで亡くなられた方五名、その他のがんが百四十九名、合計で百五十四名になっております。